大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(行ツ)64号 判決

東京都荒川区西尾久一丁目三一番一五号

上告人

大関直吉

右訴訟代理人弁護士

田口穣

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被上告人

荒川税務署長谷 龍二

右指定代理人

古川悌二

右当時者間の東京高等裁判所昭和五四(行コ)第七一号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年一月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田口穣の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)

(昭和五七年(行ツ)第六四号 上告人 大関直吉)

上告代理人田口穣の上告理由

第一、昭和四六年分について

原審の認定は、経験則に反し、採証法則を誤り、審理不尽の違法がある。

一、山岸修和に対する本件山林の売買に、大和スキー開発株式会社の松本勝男(同社の専務取締役である-乙第一四号証)が関与していることは争いのない事実である。右松本は、個人の立場としてではなく、右会社の職務として関与したものである。何故なら、山岸が本件山林を購入するきっかけとなったのは、大和スキーがその名で新聞広告により本件山林を売りに出していることを武井正夫が知り、同社に行ったことにあること(乙第一五号証)、売買契約は右会社で行なわれ同社の社長も立会っていること(乙第三号証の一、同第一三号証)等によって明らかであるからである。

右会社が、不動産の売買、仲介等を業とする相当の規模を有する会社であったことは、「不動産部」なる名称が使用されていること、山岸修和の証言等により認められるところである。

又右松本は、山岸との売買契約をした際と、山岸が最終売買代金を支払った際、東京から甲府市まで出向いて立会っていることも、山岸の証言、乙第一三号証等によって認められるところである。

二、更に、本件売買契約書において大和スキーが山岸に対する売主となっていることは、乙第二号証記載のとおりである。

不動産業者が、売主名義を顧客からただ依頼されたという一事をもって使用を認めるとは考えられない。何らかの利益を得ていると考えるのが常識である。何故なら、売買契約において売主となるということは、当然に仕入と売上を帳簿上計上しなければならず、それは当然に課税対象になるからである。

ところで本件においては、被上告人は、大和スキーが右の如き経理上の処理をしたか否かについて何らの調査をした形跡もうかがわれない。ただ右松本の説明をそのままうのみにしたにすぎない。

三、右松本は、山岸が最終売買代金を支払ったとき、東京から甲府まで出向いて立会っていることは既述のとおりであるが、不動産業者の取引の常として、最終代金決済時にその取引に対する報酬を受取ることは常識であり、右立会をしながらそれと異なる時期に報酬の授受がなされることは通常あり得ない。何故なら、不動産業者が報酬を確実に取得することができるのは、そのときをおいて外にないからである。

然るに原審認定によると、上告人は、名称使用の謝礼として松本勝男に対し一〇万円を支払ったのみである。もし右認定のとおりであるとすれば、前記大和スキーは新聞広告をしたり、現地に担当者を派遣したりその他契約成立に種々の仕事を担当しながら、本件取引に関し不動産業者としての報酬は勿論、その他何らの金銭も受取っていないということになる。なおその後も上告人は、住所も電話番号も右取引時と現在も変っておらず、かつその場所で継続して事業を営んできているにも拘らずである。

右のように、大和スキーが売買代金決済時に立会いながら何らの報酬も受領していない等ということは、特別な事情のない限りあり得ないことである。原審は右特別の事情を認定せずに、大和スキーが単に売買名義を貸したものと認定したものであり、このような認定をすることは経験則に反した違法があるというべきである。

四、松本が手数料を受取っていない旨述べている(乙第一四号証)のは、あり得ないこと即ち虚偽の事実を述べているとしか考えられない。山岸と大和スキーとの間には、乙第一号証の売買契約書があるのであり、これに基づいて右当事者間において契約が履行されたと認めるべきである。右取引によって大和スキーは一、一〇〇万円以上の利益を得ているのであるから、手数料など何人からも受取っていないのが当り前であり、勿論上告人に請求等できる理由はないのである。

当事者として契約書に記載がある以上、売主は契約書に記載された者であることが原則であることは当然であり、それと異なる認定をするときは、殊に売主が不動産業者である場合には、一担当者の言動のみでなく、実質的な売買の当事者でないことを認めるに足る十分な証明を要すると解すべきである。この点において原審は、審理不尽の違法がある。

よって、上告人が大和スキーの名称を借りたものであるとの認定は、経験則に反した違法な認定といわなければならない。

五、又原審は、上告人が末木和夫から買受けた際、乙第五六号証の二の契約書の田島弘が立会人として署名押印しているのだから、甲第一号証について既に上告人は田島弘と顔見知りの仲であった旨認定している。然しながら、乙第五六号証の二の契約書は成立していないことは証拠上明らかである。即ち、上告人の買受代金と乙第五六号証の二の契約書の売買代金とは明らかに異なること、上告人の購入時期は昭和四四年一二月二〇であって(乙第二五号証)、右書証と明らかに日付が異なること、乙第五六号証の二は記載の形態からみても、税務署の職員が住所、氏名欄までを含め全文を手書きしたものと推認されるのであり(用紙は東京国税局と印刷されたものが使用されている-同書証の下段欄外)、押印がないうえ、同書証を原審は乙第五七号証により真正なものと推認されるとしているが、同号証によれば単に乙第五六号証の二は末木和夫と山岸修和の課税資料の中にあったというのみで、乙第五七号証の申立者は右事件を担当した者でもなく、しかも上告人が買受けた後の日付であるにも拘わらず、何人が何のために何に基づいて作成したのかさえ記載されていないのであって、およそ作成の真正を推認する資料たり得ないことは明らかと言わなければならないからである。成立していない契約書に立会人として署名押印することなどあり得ないことは理の当然である。

したがって、原審は証拠として採用してはならない書証、成立が立証されていない書証に基づいて、その成立を前提として、上告人は田島弘と本件契約を締結する以前に顔見知りであったから、木村宏司なる見知らぬ人に対する売買であることは認められない旨認定したことは、採証法則の適用を誤った違法があることは明らかである。

六、本件の争点は、上告人が本件土地を何人に対して売却したかを最大の争点とするものであるから、右各違法は判決に影響があることは明らかであるから原判決は破棄されるべきである。

第二、昭和四八年分について

原判決は、本件当時の建築資材が異常に急騰した社会情勢、経済的事情を無視し、平均的価額を基準として証拠を評価しているものであって、全体的な証拠の解釈を尽さず、採証の原則に反して認定したものであり、右は判決に影響を及ぼす違法があるというべきであるから、原判決は破棄さるべきである。

一、本件建売住宅が建築された昭和四七年の建築資材の価額の動向をみるならば、一見して極めて異常な事態にあったことがわかる。即ちこの時期は、檜材一平方メートル当りの御売価額が同年六月には五万一、〇〇〇円であったものが、同年一一月初旬には八万円になり、わずか半年間に五割六分以上も値上りをし、杉材も同年六月には一平方メートル当り三万七、〇〇〇円であったものが、同年一〇月下旬には六万円から六万五、〇〇〇円になり六割から七割五分以上の値上りをした異常な時期であった(甲第七号証の一)。建築費についても、一坪当り同年六月には一五万円位であったものが、同年一二月初旬には二三万円前後(甲第七号証の二)とわずか半年の間に五割以上もの暴騰をしていた時期であった。又以上の事実は、新聞報道等によりセンセーショナルに報じられており、資材隠し等による品不足感も高まっていた最中であった。その結果値上りによるトラブルか続発し、建築に支障が出ているものも多数あった(甲第七号証の二このことは、鑑定人が報告主文(鑑定結果の主文)の中において、本件建築の時期に当る昭和四七年一〇月から同四八年九月期においても建築費が五〇%以上上昇したことを特記していることからも知ることができる。

二、右のような異常な建築資材の高騰の背景には、需要の高まり、即ち年間一八〇万戸とも言われる所謂建築ブームがあった(甲第七号証の一)のである。このことは、この時期が雨後の竹の子の如く零細な個人建築業者が増加した時期でもあったことを意味している。

三、右のように、本件建築当時は建築業界は正に異常状況にあり、殊に価額については混乱の極にあった時期に相当するのである。そして、そのしわ寄せは零細な業者に最も賢著に現われるのは世の常である。

したがって、平均的建築価額は巨視的には妥当するとしても、徴視的には殊に本件上告人の如くこの時期に建売業を始めた者には妥当しないといわなければならない。

四、上告人は、中井工務店および山喜工務店にまず建築を依頼し、甲第四号証の一・二、同第五号証の一乃至九号証記載の支払いをしているのである。右書証の写によると用紙は甲第四号各証も同第五号各証も同一に見えるが、原本によれば色は明らかに異なるのである。又原審は、いずれも筆跡は同じとする第一審の認定をそのまま援用するが、漢字で書かれた金額、算用数字で記載されている金額、但書、宛名いずれも同一人の筆跡とは到底考えられない。これは、写の文様が同じであることに惑わされたものとしか考えられない。原本を慎重に比較対照せずに右の如き認定をしたことによる誤認といわざるを得ない。

五、右各工務店の所在は、現在も不明である。然し、瓦業者である須永証言および甲第一五号証のとおり、有限会社須永瓦店が屋根瓦工事を前記中井工務店、山喜工務店から請負っていることは認められるところである。甲第一五号証の各記載に加工された様子がうかがわれないことは記載上明白である。確かに上告人の供述と若干の日付のずれがあることは認められるところであるが、一〇年近く前の日付について正確に記憶することは不可能であることを考えれば、むしろその程度のずれは当然といわなければならない。

六、上告人の主張のとおり、中井工務店および山喜工務店に対する支払いを認めた場合の価額は次のとおりとなる。

前野分について

中井工務店に対する支払 金二六五万円

増田建設に対する支払 金九七六万一、〇〇〇円

右合計金一、二四一万一、〇〇〇円

一棟当り二四八万二、二〇〇円 一m2当り四万三、四四二円(一棟平均五七・一三八m2)

これに付帯工事費用三八一万一、〇〇〇円を加算して計算すると 合計金一、六二二万二、〇〇〇円 一m2当り金五万六、七八一円

宮前分について

山喜工務店に対する支払 金一、二七〇万円

増田建設に対する支払 金一、八二〇万円

右合計金三、〇九〇万円

一棟当り金二八〇万九、〇九〇円 一m2当り四万九、三四二円(一棟平均五六・九四m2)

これに付帯工事費六四七万八、八八〇円を加算して計算すると合計金三、七三七万八、八八〇円一m2当り五万九、六七八円

右の価額は、いずれも鑑定結果における昭和四八年九月時完成価額よりは低く、不当に高額とはいえないのである。

又原審は、財団法人建設物価調査会の建築工事費(乙第五八号証の一、二)との対比上、原審認定工事費は平均的であるとするが、既述のとおり特段の異常な時期には、平均的な価格は個別的には何らの基準にはなり得ないというべきである。

七、以上述べたとおり、本件建築当時業界は正に異常な混乱期にあり、零細な個人建築業者が数多く発生し紛争も続発していた時期に当ることを考慮するならば、数年後にはその業者を発見することが不可能であるという事態も当然予測されることであり、又建築価額においても極端な混乱期には平均的価格は、個々の建築価額の算定において何の意味もなさないというべきである。原判決には、右の如き社会状況、経済状況にあったことを無視し、証拠全体を正当に解さず認定した違法があるというべきである。

以上

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